今日、39歳の誕生日を迎えました。
諸事情で、誰とも会わず、朝から夜まで勉強していました。
誕生日なんて、365日中の誰にでも来る、ただの一日です。
そんなこと、わかっているのに、つい忘れてしまう、それが恋や愛だというのなら、そんなまやかしは、もう要らない。
今まで通り、自分が産み落とされたことへの憎しみの日、でいい。
30代ラストの年をどう過ごそうか、などの考えもありません。
ただ、今年こそは、自分自身が自分の主導権を握る年でありたい、とだけ、思っています。
生と死がセットなのだから、できるだけ、その隙間を短くしてほしい。
どう過ごそうか、ポジティブな、まともな考えはありませんが、私なりに決めているのは、気ままに自由に過ごす、それだけです。
期待すれば、裏切られる。
だから、これからの一年、これからは、人を頼らず、依存もせず、ただ立っていたいと思っています。
孤独なのか、孤高なのか。
それすらも、どうでもいい。
私のせいではない。
自暴自棄にならざるを得ない状況を作り出したのは…少なくとも、私の意思ではない。
こんなはず、も、どんなはず、もないです。
ただ、苦しみは、もう要らない。
そのための努力なら、する。
物理的に一人になって、3ヶ月以上が経ちましたが、勝手気ままにやっています。
思い通りにならないことはもちろんあるけれど、それはそれで、ご縁がなかった、で切ればいい話。
気ままがいつまで通用するかは、わかりません。
通用しなくなって、不自由を感じたら、死ねばいい。
あの世へのハードルは、それほど高くない。
最近、周囲に、ポジティブで明るい知り合いが増え、ちょっとうんざりしています。
あなた達と私は、住む世界が違うんです。
実の親に、見殺しにされたことはありますか。
家族を思い出すだけで、動悸が止まらなくなって、強烈な痛みと共に走馬灯が走って、それでも切り捨てられなくて苦しみ続けたことがありますか。
そんなこともあって尚、ポジティブで明るくいられるのなら、尊敬はしますが、それはそれで、私とは分かり合えない。
逃げても逃げても付き纏う過去。
それが続く限りは、この世に安らげる場所はない。
お誕生日おめでとう、私。
38年間も、よく苦しみ続けました。
だから、もう、頑張らなくていいよ。
好きな時に、好きなように、手放しなさい。
私が命委ねる
それは
私だけに